沖縄トリップ2015 への下準備 ②

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今回の訪沖では何をしようか下調べをしていたら出てきたモノ…それは沖縄の心霊スポット。沖縄の心霊スポットへの興味から歴史背景を遡ると、大概心霊スポット扱いする人の情報には誤りやバックボーンが無い事が多々。 中には沖縄の人のゆるい人柄の現れかそもそも場所が間違っているという事も多々あるとの事。(笑)  沖縄本島でトップに代表される通称大山貝塚。 不浄霊が多く沖縄の霊媒師ユタの霊への耐性を修行する場所とある。 地元民は絶対に近づきたくない場所とあり普天間基地のフェンスの脇に存在。 

ユタは個人的な霊媒や占いを行い、ノロは琉球の神々と交信する司祭、祈祷師と云うような位置づけ。

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                  ユタ

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            ノロ (神人-カミンチュともいう) この人たちが祈祷する特別な場所が御嶽(うたき)

霊と言われると何か怖いけど、これが琉球信仰の御嶽とか琉球開闢の祖アマミキヨやら死後の世界ニライナカイが…と伝承に話が及ぶと途端に胡散臭くなる。

この拝所は伊波子という人が安産祈願で建立した事など多分地元の人は殆ど知らないと思う。 現にネットの中に殆ど情報がなかった。 しかも本当の名称は美底山の拝所で、大山貝塚は近いがまた別の場所らしい。そしてここは風葬の場でもあったし古来より近くには貝塚もあった神聖な場所。 風葬も貝塚も当時の短い寿命から長寿や転生を祈願した場所。 没した太陽がまた昇るという太陽信仰も同じようなもの。 だから貝塚は決してゴミ捨て場等ではない。

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沖縄に見られる代表的な亀甲墓も、これは子宮を表現し、死して次なる生まれ変わりを祈願した形。

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拝所の脇には鍾乳洞の入口が口を明けており、オカルトサイトからは、あの世に繋がるトンネルで入ると2度と出られないとか、霊がこちらを見ている等の書き込みがあった。 そういう人たちはこの中で発掘調査が行われ縄文時代の遺骨や土器等が考古学的見地から出土されている事を知る由もないだろう。 貝塚はアルカリ性の土壌になるので遺骨が保存されやすい事や、縄文時代当時の宗教観等の知識を最近室蘭探索のついでに寄った北黄金貝塚に訪れなければ得られていなかったので、沖縄三大心霊スポットの大山貝塚に行き当たったのはタイミング的に何かの暗示なのだろうか? もう、ユタとはどんな存在なのかから、これまたトップの一角である80名近くの人が集団自決したいチビチリガマの事から、西海岸リゾートホテル地区のすぐ傍にあるスリーエス(SSS)の事など面白くてついつい派生して調べまくってます。 

霊は本当にいるのかという原点の議論に行き当たり、おばけが怖い故にいない理由の正当化理論武装中です。

①脳と云う実体のあるもの(ハード)の中の電気信号のやり取りで考えたり感じたり精神はかたち造られるのに、それを離れて実体の無い魂(ソフト)だけが存在しえるのか? 脳というハードが停止した先に待つのは只の無でしかないのでは? なのに生命活動が停止後に魂(ソフト)を放出するなんてそもそもそんなに高度な生命体なのか人間は? この世に未練がある霊が地縛霊となり、その場に居座り続けハード(脳)が無いから思いが更新されずに永遠昔の怨念だけを抱き続けるというのは了見が狭くて納得がいかない。 ずっと長きに渡りそんな思いを抱いていたら生身の人間ならいい加減に気が変わるのに、それを変える事が出来ない程レベルの低い存在なのか? そもそもハードなくしてソフトだけでも存在しえる魂という高度なモノの割にお粗末な有様の様な…? まるで一度録音されて書き換え不可能なレコードやCDの様なレベル? 魂は高度ではなく生命の根源とも取れるが…ならば魂の根源は? 精子も卵子も有機物で結合、細胞分裂の後に脳が造られシナプスによって電気信号のやり取りが行われて思考が生じるというようなレベルで考えると、魂が宿るという話は何だか短絡的で正当性がない。


②霊を見たという人間は極度の緊張から脳が霊を見たと誤認識するのではないか? 現に極度のストレス状態から自分を保護する為に脳が自分の中に勝手に別人格を形成して多重人格(解離性同一性障害)になったり、実際には体験していない事をさも経験したかのように脳が認識すればそれはその本人には実際に起きた事として認識してしまう。


③霊や死後の世界観は宗教観から逸脱して存在していないのでは? ならば国や文化によって違う宗教観や死後の世界観に霊はどう対応するのか? 仏教は輪廻転生。 よくあなたの前世は〇〇で生まれ変わり…とか言うが、そんなに分り易いものばかりに転生するのか? 人間はある意味生態系ピラミッドの頂点に近く、生物は微生物になる程に無限に存在する訳で… キリスト教の新約聖書では輪廻転生を否定。 日本人に多い無神論者は何処の世界に行けば良いのだろう。 仏教に則って生まれ変わるのか?キリスト教に則って生まれ変われはしないのか?はたまた…。


④心霊スポットの多くはその風景から受ける気味悪いという印象が行った人間の極度の緊張から生じた体調不良を人に伝えた伝承が広まったもので、得体の知れないモノへの恐怖心は古来より魔物として表現されたが、実態を伴う様な魔物は殆どが存在しない事が現代では周知の事実。 ネス湖のネッシーやヒマラヤの雪男だって何で居ると思う人が居たのか解らない。 だって、もし太古の生き残りが存在していたというなら、繁殖を繰り返さないといけない訳だし、つがいで生息しないと子孫も生まれない。しかも相当数の数がいないと近親交配で奇形が生じて絶滅するだろうし。 


結論から言って御嶽や戦史の壕等にある霊的な噂などは気安く興味本位でそこに訪れて敬わない行為をする人間からの防御策だったのでは?と思われます。  宗教というのは人の心をコントロール手段で、『悪い事をすると地獄に落ちる』と説き、法律が整備される以前のいにしえより本人の良心の呵責によって秩序を守ろうとする手段であって。 それと今まで身近に居た人間が死んだ時、それが只の無になる事への寂しさに対する心の拠り所で、あの世で平和に暮らし自分も死んだらまたその人に遭えるとか、近くで見守ってくれているとか、この世を真っ当に生きれば天国に行けるとか、輪廻転生でまたこの世に生まれ変われるとか心の拠り所を人間が都合の良い様に作り出した世界観だと。 そうでなけでば何が正義で何が悪かは論じても立場次第ではどちらにも取れる白黒つかない行為に対して正義か悪かが決められない場合はその人は天国、地獄どちらに行くのか…みたいな。


そんな事を考えて霊の存在を否定しつつも、でも心霊スポットには行ってみたい気がする今日この頃。

実際に行った人が記録を撮影した場合。 そこには大概何の現象も生じない。



『ハイサイ探偵団』沖縄ローカル版ナイトスクープの様なモノ。

彼ら色々とチャレンジするので面白い(笑)


SSSの場所もこのコンビニも何処なのか調べて特定済みです。


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by CLUBJAZZY | 2015-06-11 06:34 | 旅行 | Comments(0)

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